日本医師のナンセンス

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オードリー
  (写真はオードリーへップバーン)

「日本医師のナンセンス」

 過日、医師が大勢の看護士を前にして、喫煙が健康に与える害について説明した。

 驚いたことに、その医師は喫煙を止めなかったコーカソイド(白人)の女性と、喫煙をしたことのないモンゴロイド(一般的には東洋人)の女性を比較して、それぞれの容貌や皮膚の違いを指摘しつつ、喫煙がどれほどダメージをおよぼすかを強調した。具体的には、先般逝去した有名女優のオードリー・ヘッブパーンと日本女優の吉永小百合を比較の対象とした。むろん、ヘッブパーンは喫煙者であったし、吉永小百合は喫煙をしたことはない。そして、年齢的にも差がないという理由で、比較、対照の標的に選ばれたらしい。


 そして、ヘッブパーン、吉永小百合双方の晩年の写真をパネルに映しつつ、ヘッブパーンは喫煙をしていたから、こんなに皺くちゃの婆臭い容貌になり、喫煙をしなかった吉永小百合はいまでも美しい肌を保っていると、説明した。


 喫煙が肺、気管支、咽喉、肌に害をおよぼすこと、場合によっては肺気腫になることにも異論はないけれども、医師が比較の対象とする上で上記の二人を選択したのは、同じ女優だからかも知れないが、コーカソイド同士で比べるなり、モンゴロイド同士で比べるなりするなら、納得するが、肌の質も、眼の質も異なる二人を比較対照して、喫煙の害を訴えることには、あまりにも根拠に必然性がなく、説得力がない。確かに、死ぬ前のオードリーヘッブパーンの容貌は、これが往年の「ローマの休日」を主演した女優かと嘆声したくなるほどひどく黒ずみ、多くの皺に覆われていた。


 欧米に行ったことがあり、バーやクラブに出入りしたことのある人なら、身をもって知っているだろうと思うが、30歳にもなっている日本人が、パスポートの提示を求められることがしばしば起こる。なぜか?答えは簡単、かれらの目に日本人は20歳以下に見えるからだ。私の知己は海外旅行するつど、無精ひげを故意に生やす習慣をもつようになったが、あらかじめそうした事態を想定しての準備である。


 喫煙習慣の有無とは関係なく、コーカソイドはモンゴロイドに比べ、肌が柔らかく、かつ紫外線にも弱い。だからこそ、化粧の習慣もサングラスの使用も欧米で始まった。欧米の人間が男女の別なく、ティーンエイジャーのころからすっかり大人に見えるのに反し、東洋人同士で判断するのなら別だが、モンゴロイド系の容貌は欧米の人の目には幼く見える。


 単純に、コーカソイド系もモンゴロイド系も喫煙をしないと仮定して、何歳でもいいが、とにかく同じ年齢の男女いずれでもいいから二人を並べてよく見ればわかるが、モンゴロイド系のほうがはるかに若く見えるし、皺も少ない。生まれたての赤子ですら、欧米の赤子はすでに目鼻がしっかりしていて、可愛いという印象をむしろ凌駕し、日本人の赤子を見慣れている日本人にはとても可愛いという感じはもてない。すでに、出来あがっている容貌になっているからだ。


 説明にあたった医師が欧米での留学経験がないか、欧米人との付き合いがないか、いずれかの理由で、こうした不適切な選択をベースに喫煙の害を説く姿勢はナンセンスとしかいいようがない。

 欧米の男性には30代で禿げるケースが多々あり、目鼻立ちが大きくはっきりしていることも、いわゆる「老けている」印象を与える。若禿げを気にするのは、東洋人であって、欧米人ではない。(欧米人でも気にする人がいないという意味ではないが)。角界で現在活躍している露鵬や白露山などを見てみれば、そのあたりのことが納得できるだろう。両者ともに、その容貌からは二十代だとはとても思えないし、二人ともあの若さで、すでに禿げている。


 日本人女性には60歳になっても、美しく、可愛いとすら思える相貌をもつ人もいるが、欧米の60歳はただのババアである。70歳を越える森光子は例外的な存在だとはいえ、白人から見たら、驚異的な若々しさであろう。岩下志摩、十朱美千代などだって60歳を越しているが、信じられないほどの若く美しい容貌を維持している。


 一方、往年の欧米の美人女優である、ロッサナ・ボテスタ、キム・ノヴァーク、エリザベス・テイラー、ソフィア・ローレン、ジーナ・ロロ・ブリジーダなど、60歳を越えて以降、銀幕に出演したのは見たことがない。醜くなった容姿を人前にさらしたくないからだ。

 とにかく、よりによってオードリー・ヘッブパーンと吉永小百合を比較する愚、誤った選択、それをパネルにまで引っ張り出して説明する無知、蒙昧、聞かされた看護士のなかには、その話の根拠を導いた選択対象に誤りがあることに気づかず、医師の話をいたるところで、むろん看護士らが勤務する病院でも吹聴したであろう。


 上記した理由でおわかりだと思うが、たとえオードリー・ヘッブパーンが喫煙をしなかったとしても、あの年齢になれば、汚らしく、醜いババアになっていたはずだ。モンゴロイドで、そのうえ喫煙の経験のない吉永小百合と比較されては、天国のヘッブパーンも浮かばれまい。


 ある看護士から上記の話を耳にして、私は大いに憤慨したし、逝去したオードリー・ヘッブパーンにも同情した。と同時に、医療にかかわるに日本医師の資質そのものにも疑問を感じた。

 むろん、喫煙の害を無視しようというのではない。やり方があまりにも稚拙なのだ。


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