核家族化が少子化と幼児虐待の原因

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 

 かつて、この国には、どこでも、三世代一緒の生活があった。

 だから、祖父母の助けを期待して子供を沢山生むことができ、どの家にも小規模ながら一つの「社会」が構築されていた。子供らは小さいときから喧嘩したときの手加減を知り、複数他者で生活する社会というものの在り方をおぼろげながら学ぶことができた。

 むろん、その「小社会」が教えたものには、自分の両親と祖父母(とくに母親と姑との)関係から、人間関係そのものの醜さや美しさはもとより、兄弟姉妹間のトラブル解決策、教師対応、いじめっ子対応、遊びを含めた友達対応、学校での振舞いかた全般も含まれる。

 子育て中に、幼児がどうして泣くのか解らないことがあり、そうしたときはどんな親でも腹が立つものだが、祖父母は腹を立てている両親を見ると、それとなく仲に入り、泣いている幼児を抱き上げ親から離してあやしたものだ。

 そういう行為が自動的に虐待を抑止することにも繋がった。

 インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンなどの発展途上国には現在でも三世代同居の家族が少なくないが、かつての日本と同様、少子化も幼児虐待も老人の孤独死もない。忍耐することが生活であることを自然に学んでいる。

 戦後、アメリカのホームドラマに憧れ、アメリカナイズされる過程で、女性の社会進出とともに核家族化が進み、それと同時に誕生する子供が減り、親による幼児虐待が増えた。

 両親ともに働く機会を得て、裕福に暮らすことができ、女性は過剰に自意識に目覚めた代償として、子供の数が減り、子供の命が危機に瀕するようになり、老後が孤独な生活になり、孤独死が年を追って増え続けている事実は皮肉以外のなにものでもない。確かに、寿命が延びはしたが、それが喜ばしい現象とは思えない。

 現代の子供らの大半は家庭で社会性を学び、それを身につける環境を奪われている。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ