自給自足の問題

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「自給自足の問題」

 昨日、NHKテレビで2時間にわたり、食料の輸入が増えている問題、日本の農家が次々に離農している問題、共稼ぎ夫婦が増えている現状下、和食で一日を通すことは難しいという問題などなどが議論されていたが、当然出てくると思っていた「世界の人口爆発」の問題を口にする人はただの一人もいなかったことに首をかしげた。

 確かに、一般農家は個人で農業をやっている。企業のように、多くの人材が集まって、収益を上げるための議論をしたり、研究費に金を使うなどということはやってこず、政府からの支援を頼りに、みずから工夫し、外国産に負けない良質の食材を提供する工夫も知恵もなかった。大規模農業にするばかりが能ではないこともよくわかるが、個人農家が互いに連携して、規模拡張が不可能だとは思わないし、それぞれに得意分野があるのなら、協力し合って、それをさらに伸ばせばいい。

 私のいう「人口爆発」というのは、子共の頃、40億人といわれた世界人口がいまや倍の80億人に近づいている事実、さらに、各国の篤志家やユニセフや青年海外協力隊やNPO法人が発展途上国に入って支援活動に邁進、医療活動も行い、5歳まで育たないという現地で文字通り必死の救命活動を行なっている。医療施設の完備されていないカンボジア、バングラデシュ、その他アフリカ各地などにも日本人の篤志家や看護士が入って、身を粉にして、援助している。

 中国は公表13億人といっているが、現実は15億人に近いだろうし、インドだって、公表の11億ではなく13億に近いだろう。そのうえに、アフリカその他地域で寿命が延び、人口が増えたとき、食料は必ず奪いあいになるだろうという想定がある。

 人間が生きてゆく上で最も必要なものは食料と水だ。自動車がなくとも生きていかれるが、食料と水がなかったら、餓死は避けられない。外国から安い米、麦などを輸入する代わりに、工業製品を買ってもらうという図式も理解できるが、環境すら悪化している地球上ではたして恒常的に食料の輸入が保証されるのか、私は疑問に思っている。

 つまりは、自給自足の部分を残しておかないと、子供の時代、孫の時代、曾孫の時代に禍根を残すことにならないかということだが、かといって、日本農業の現状がそのままで良いとも思ってはいない。世の中のものはすべて日進月歩、変化は止めようがない。「日本人だから和食に徹せよ」などといえるわけもない。消費者サイドからいえば、食材が豊富で、選択の幅が広がることは歓迎だというのも一般的事実である。農家の生産様式だけが時代の変化に影響されないなどということはあり得ない。願わくば、工夫を重ね、研究心をもって、今後の農業がどうあるべきかを考え、来るべき食材の争奪戦時代に備えて欲しい。

 確かに、カリフォルニア米は美味である。日本のスーパーやコンビニで売っている、どこの米がどの程度混入されているか判らない米に比べたらはるかにうまい。とはいえ、牛肉を例にとれば、オーストラリア、ニュージーランドの牛肉などはまずくてとても口にはできない。いくら高価でも、ステーキを食べるのなら和牛がいい。


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One Response to “自給自足の問題”

  1. コメントありがとうございました。
    気になる記事がありましたので
    コメントをお返しさせてください。
    食の自給自足問題は食料だけではなくて
    食器などにも及ぶような気がします。
    自給自足できる食材にあった調度、
    たとえば、箸にしても茶碗にしても
    輸入食材にあわせたものが増えています。
    日本人の食事の特長は多様性にあるとよくいわれますが
    多様性の仲の中核となる部分は
    どうしても譲れないものがありそうです。
    この記事を読ませていただいて
    食は生活の基本であり、
    衣食住全体の自給自足の再考も
    欠かせないのかなと思ってしまいました。
    食料だけではなく木材の自給自足
    なんてのもこれから考えてみたいテーマです。

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