自衛隊と憲法9条

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自衛隊

 「自衛隊と憲法9条」

 今朝の「関口宏」のニュース解説を見て、お門違いのコメントに憤りを抑えられなかった。

 イラクに派遣されていた自衛隊の隊長が今回参議院に当選して、イラク経験を話したとき、日本自衛隊を守護していたオランダ軍(かつてはイタリア軍だったりイギリス軍だったりした)が「戦闘に巻き込まれた場合には自衛隊も彼らを守るために戦闘に参加するつもりだった」との発言に、「これは明らかに憲法9条に抵触している」との一致したコメンテイターの言葉を披露したが、そのような危機的状況のときに憲法9条を示し、だから、「自衛隊は同盟軍の戦闘をただ傍観するのみ」と発言したとしたら、世界から顰蹙を買うだけで、バカは休み休み言えという怒りが胸に溢れた。

 おかしいのは憲法9条を守る、守らないという意見、姿勢であって、正しくは「憲法そのものの改正」であることは多少でも脳みそをもつ日本人なら判ることだ。

 アメリカから終戦直後に押し付けられた憲法を後生大事に守っている日本人がいかに奇異、かつ奇怪な国民であるか、ドイツにでも訊いてみたらいい。なんども言うようだが、自国と自国民を守る義務をもつ政府がアメリカとの安保だけに依存して、自衛隊を災害復旧のためにだけ存在するかのような、そういう腑抜けた考え方に随しているとしたら、天下の笑いものというしかないし、だからこそ中国やロシアや北朝鮮から舐められる。

 民主党の小沢が「インド洋での給油活動には協力できない」と発言するのなら、安保協定を破棄して、日本みずからの憲法をつくり、「有事の際は自分の国は自分で守りますから」と言うべきであって、韓国のように、かつての日本のように、「徴兵制度」を復活するしかないだろう。

 世界は日本人が考えるほど甘くはない。かつて、日本人が他国を侵略したように。

 日本人には「中庸」という言葉はあっても、精神的には常に極端から極端に反応する悪い癖が抜けず、戦争前は戦争へ戦争へと国民を駆り立て、終戦とともに、戦争はこりごり、平和憲法を死守するという姿勢に転じて、すでに60余年が経過、「自国を自分の手で守る」という当たり前の心構えすらとれずに、ただただ戦争のないことを祈り、有事の場合は安保に寄りかかるだけという姿勢を貫いてきた。こういう国は世界でも珍しい。だったら、「わが国は欧州のスイスのようにありたい」といいたいところだが、スイスにだって軍隊は存在する。

 この国はいつのまにか、男性ではなく、女性にイニシアチブをとられる国になってしまった感が否めない。だから、男が軟弱になって、女のスカートの下を手鏡で覗いたり、写メや小型カメラで撮影したりするようアホが後を絶たないのだ。


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