鼠が猫を噛みかねない、北朝鮮が現在置かれている状況

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北朝鮮問題

 「窮鼠(きゅうそ)、猫を噛む」という言葉がある。

 かつて、日本が満州を領土化しようと目論んだとき、英米に経済封鎖を受け、石油の入手が妨げられることを恐れたあまり、やむなく暴挙に出た。当時の日本は(陸軍が主導権をとりつつ)、ほとんどやぶれかぶれの発想から、意図的に宣戦布告さえ行わず、真珠湾を奇襲攻撃し、直後にアメリカが統治していたフィリピンの制圧に動き、イギリス軍が拠点をもっていたシンガポールを陥落させ、石油を埋蔵していたインドネシアへの侵攻をはじめ、300年間そこを植民地としていたオランダを駆逐した。そういう加害者としての歴史をわれわれは自ら経験している。

 日本人のもつコーカソイドに対する感覚と、北朝鮮人のもつそれとに、相似があるのか、相違があるのか、確かなことは判らないけれども、現在、北朝鮮が置かれている状態が、日本がかつて置かれた状態に酷似していることは、同じような歴史を経験した日本人にはよく解る。大戦前、米英としては、かれらの採った経済封鎖は第一段階の手法にすぎず、いずれかといえば軽い罰を与えた程度に考えていたら、日本側が過剰反応した。英米はそうした行動を日本が即座に採るとは夢思っていなかった。

 「窮鼠が猫を噛む」心理的状態は、現今風にいえば「暴発」であり、兵器が格段に殺傷力を強めている時代、近隣の諸国への影響には図り知れないものがある。暴発に対する応手を手中にしないまま、単純に経済封鎖を行うことには「影響」というより以上の「危険」があることを認識しておいた方がいい。

 要するに、北朝鮮を追い詰めるのもよいが、手法に適正を欠くと、後日に禍根を残すことにもなりかねない。かといって、私に良策があるわけではない。それは国際連合諸国が、リーダーシップを採っている主要国が工夫、考察すべき問題である。

 また、韓国が大量の米を補助物資として北に貨車で送っているが、それらがすべて軍部の手に渡るばかりで一般市民の手に届かぬ実態を日本のメディアはこぞって「市民が可哀想だ」と報道している。

 北朝鮮の現状としては、戦争がいつ起こっても不思議がないという認識に立っているのだから、市民より軍人の腹を肥やすことに意を用いることは当然すぎるほど当然といっていい。平和ボケしている日本人レポーターの報道のあり方にはむかつくばかり。かつて、わが国が朝鮮半島に対して何をやったか、その程度の歴史認識をもったレポーターであって欲しい。

 いま、あらためて、人類に智恵があるかどうかが問われている。

 「平和を求めるのなら、戦争に備えよ」という言葉を忘れてはいけない。


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