人間のやることに完璧はあり得ない

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 つい最近のChina Air Lineのフライト事故もそうだが、過日のジェットコースター事故、遊園地の事故、電車の事故、車の事故などなど、ほとんどが人間の手に依存する整備不良が原因の場合が多い。

 だから、私はデズニーランドにも行かないし、遊園地にも行かない。

 とはいえ、飛行機、車、電車には乗る。飛行機、汽車、電車、遊覧船などは、旅行をビジネスとしていた関係で乗る、乗らないの選択の自由はなかった。車は現在の居住地を考えれば、車なしの生活はあり得ない。アメリカのディズニーランドにも足を運びはしたが、リスクを感ずるものに体を任せたことはない。

 なかでも、飛行機はビジネスから離れた今でも気軽に乗る。なぜなら、もし万が一、落ちることがあれば、必ず死ねるからだ。中途半端な生存をすれば、治療費はかかる、金はかかる、家族に迷惑はかかる、半身不随にでもなれば、不自由さに耐えられない。

 人間の手になるものに完璧はあり得ないといったが、あり得ないとはいえ、最近の傾向として、いい加減な整備不良が多発している事実は看過できない。これは、整備に関係する人間自体が昔に比べ、注意力が散漫になっているからではないかと推測する。

 かつて国鉄(現JR)と仕事を一緒して、予め契約した修学旅行生のための臨時列車、あるいは同じ列車に車両を一、二両増やすなどというサービスをお願いし、国鉄時代、間違えたり、忘れられたりすることは決してなかった。それが、JRになって以後、間違いが多発している。担当者がいい加減で、精神がたるんでいるとしか思えない。むろん、それは担当者を管理する上司にも責任がある。

 関西での電車事故はJRになって以降の利益至上主義が原因で、必ずしも整備不良とは関係がないが、整備不良はエアラインにも起こりつつあるような気がしてならない。日本を代表する日航にしても全日空にしても、整備不良のニュースは頻りに報道されている。

 地球の環境破壊が気候変動を促し、人間までもが熱帯に住む人間と同質のいい加減さを身につけつつあるのではないかと思うのは杞憂だろうか。暑いところに住めば、人間だれでも、でれっとし、物事をきちんと整理する気力が萎えるものだ。

 それとも、少子化が進んで競争心が希薄になった果てのことなのか、中国では「一人っ子政策」が「過保護」を招来し、そのツケが回って、根性のない、怠惰な青年が多く、仕事にしても長続きせず、すぐ辞めてしまうと聞く。

 あるいは、戦後、徴兵制度が失われ、厳しく心身を鍛え、教育する機会がないからだろうか。現今の、若い男性の軟弱さに比較し、若い女性の自己主張の強さには、言葉がない。


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