アメリカ体験記12 「だらしないエリートたち」

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シカゴ

 (写真はシカゴの夜)

 「アメリカ体験記」 その12 「だらしない日本のエリートたち」

 1978年、ちょうど日本でクレジットカードが世に出始めたとき、クレジットでは先進国であるアメリカのクレジット企業を尋ねて、研修するというツアーをつくり、私がみずから添乗した。

 外国人観光客を誘致していた頃、シカゴには何度も訪れており、湖を渡ってくる寒風と吹雪に叩かれながらアタッシュケースをもって市内を歩きまわったものだが、猥雑な都市だったという記憶しか残っていない。

 集まった客は日本の金融業界を代表する企業から送られたエリートたち、総勢27人、サンフランシスコからニューヨークに入り、シカゴを経てハワイ経由帰国というスケジュールだった。

 ツアー料金には一泊につき三食が含まれていたが、シカゴでの夜の一食だけがフリーだった。

 シカゴでの当夜、私は部屋にあるイエローページを繰り、とあるステーキハウスに電話を入れると、応対が感じがいい。そこで、タクシーで行った場合の時間を聞き、予約を入れ、「さて」という感じで、エレベーターを使いロビーに降りた。

 驚いたことは、ロビーにエリートたちがほぼ全員揃って、私を待っていたことだ。 「夜食に同行してくれ」との依頼だった。「わたしはステーキ屋に行こうと思ってるんですが」と言い終わらぬうちに、「なんでもいいんだ。連れてってくれるなら」と異口同音の反応。

 そこで、公衆電話から再びステーキ屋に電話を入れ、「全部で28人になるが、席はだいじょうか」と問うと、悦びを声に含ませつつ「No problem. We’ll welcome all of you, sir」(全然問題ない。みんなウェルカム)と言う。

 アメ車は大きいので、一台に5人は乗れるから、6台のタクシー運転手に店名と住所を記したメモを渡し、一台ずつホテルの前から出していった。

 驚いたのはそれだけではない。ステーキ屋でメニューを渡され、ウェイトレスが注文をとりに来たとき、飲み物からステーキ、その焼き具合まで、すべて私と同じでいいと言ったことで、ウェイトレスはあきれかえり、私もあきれかえって、言葉を継げなかった。

 当時は、日本の一流ホテルですら、英語を流暢にしゃべれるセールスマンが稀な頃、大企業のエリートといえども、初めてのアメリカにびびったのであろう。懐かしいというより、恥ずかしかった経験である。

 むろん、チップをみずから置く習慣などない彼らからは、個々に、1割ずつのお金をじかに私がとって、まとめた上で、担当のウェイトレスにキャッシュを渡した。


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