アメリカ体験記25 「エイジェントの倒産」

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(写真はサンフランシスコのゴールデンブリッジ)

「その24」と同じサンフランシスコに関係のある話だが、こちらは頭に血の昇ったケース。

1970年代に、大きな国際会議が日本で開催され、そのうちでも最大多数の団員を送り込んできたのが、サンフランシスコ在の某エイジェント(確かBがイニシャルのエイジェントだった)。規模は1千名を越え、会社が受け取るべき金額は3千万円を越えていた。

初めてつきあうエイジェントだから、前払いが条件であり、当該エイジェントも通信文のやり取りを通し、そのことは諒解していた。

私自身は、実は、カナダからのチャーター便が別にあり、その便が予測に反して客が集まらず、それを扱っているカナダのエイジェントが赤字を少しでも補填しようと、協力を依頼してきた。具体的には、「東京からでもいいから、香港往復を使ってくれ」というのだ。つまり、カナダからのチャーター便に東京で搭乗し、香港で5日間を過ごし、東京で降りるというスケジュール、価格が格安だったこともあり、時間がなかった割には20名くらいが集まり、そのなかには自分の部下のほか、Wifeや義母もいた。

一方、肝心の大型団体のほうは、三週間前の前払い金額は約束通り20%を支払ってきたが、残額は1週間前になっても払ってこない。私は過去の経験から、「このエイジェントは危ない。計画倒産の可能性がある」と直観し、「We woule like you to bring a cashiered check to our Sanfransisco Office before your departure. Otherwise, your customers will have no operation when they arrrive at the Tokyo Internationall Airport」、つまり「出発する前に現金小切手をうちのサンフランシスコオフィスにもって行ってくれ。さもないと、あなたのお客さん方には東京国際空港に到着時、オペレーションの提供はできない」という電報を打った。

そのうえで、上司である課長のA(ロスアンゼルに5年滞在の経験者)に「この件は完全に一発屋で、払わないで逃げるつもりですから、しっかり金をとってください。たぶん、電話がかかってくるでしょうが、あちらの言い分は呑まずに、蹴飛ばしてください。お願いしますよ」と充分に注意を喚起し、香港へと発った。A課長はロスアンジェルスに勤務中、テキサスのエイジェントに騙された経験を持つ人だったから、私は彼を信頼していた。

帰国すると、A課長が私を手招きし、「あのなぁ、エイジェントの社長自身が直接電話してきてさ、月賦で払わせてくれっていうんだ。で、それじゃ、いつ幾ら払うという条件をタイプし、サインして送れっていったら、これを送ってきた」と言って一枚の紙を見せた。

私は内容すら確認せず、「課長、ダメですよ。これ、金とれませんね。パーですよ」と遠慮会釈のない言葉を口にした。課長は眉を八の字にし、言葉を継がなかった。

それから1週間も経たなかった。サンフランシスコオフィスのH支店長からテレックス(現今のファックスに似たもの)が入り、「The Agent bankrupted」(エイジェントは倒産した)という短いが、痛烈な情報がもたらされた。

「あんた、何年ロスにいたんだよ。このレベルの詐欺が見破れなくて、よくここで課長なんかやってるな」と言いたいところだったが、黙っていた。

その直後、私はアメリカのエイジェントとの付き合いの中で培った経験をベースに、「支払いに問題のあるエイジェントのスタディ・ケース」という名目の書類を作成し、これをコピーにして課員に配った。「金をとらなきゃ、商売じゃねぇぞ」と言いながら。

とはいえ、数千万円という金額を取り漏れた人物はその後取締役にまで昇格したのだから、大きな企業というものの人事異動というものは理解不能。「アホか」と腹の中で怒鳴ってみても、所詮はゴマメの歯ぎしりにすぎない。

この会社での業務遂行は楽しかったが、官僚体質にはついていけなかったというのが本音。課長のAさんは英語は文章を書くのも会話も抜群に巧みだったが、英語を学ぶのはあくまで商売上の手段であり武器であって、目標ではない。会社業務は所詮はなんぼ儲けるかにかかっている。


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