アメリカ体験記18 「コインコレクター」

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ニューアーク
(写真はニュージャージー州最大都市、Newark)

 「アメリカ体験記」 その18 「その人はフランス系アメリカ人で、コインコレクターだった」

 かなり昔のことになるが、豪華客船が到着するというので、私は神戸の三宮埠頭に出かけ、ボート(彼らはランチと称していた)にイミグレーションの事務官と一緒に乗船、港外に出、入港してきた客船にロープラダーを利用して乗り移った。(これを専門用語で、港外乗船というが、客船は止まってはくれない)

 船はアメリカ人を多く乗せており、私たち旅行業者にはアメリカンエクスプレスの人間が対応していたが、このときのボスのジムが神経質な男で、これに気を使ってツアーを無事に終わらせるよう、私に白羽の矢が立ち、上司からも格別の注意があった。

 会ってみると、年齢は40歳前後、確かに神経質そうな感じはあったが、悪い人間ではなく、むしろ紳士であり、我々ともよく打ち解けて、神戸から京都経由横浜までのオーバーランドツアーを一緒するうち、意気投合するまでになった。

 横浜を去るにあたって、ジムは「ニューヨークに来るチャンスがあったら、ぜひ連絡をくれ」と、電話番号をメモまでしてくれた。住所はニュージャージ、マンハッタン島とはハドソン川をはさんで対岸から北に伸びる小さな州で、ここからニューヨークまで通勤している人は少なくない。

 機会があって、ニューヨークを訪れたとき、ジムに電話すると、「今晩、仕事が終わったら、タクシーで来たまえ。帰りは自分が送ってやるから」と言う。「夜食を用意して待っているから」と言い添えもした。

 ジムの家に入って驚いた。なかはきれいに整頓され、清掃もゆき届いている。やもめ暮らしと聞いていたことで勝手に予測した光景とはおよそ違っていて、テーブルの上にはローソクが灯され、部屋全体は西欧人が好むやや薄暗い照明に統一されている。

 

 「この料理が口に合うといいんだが」と、出された料理が何だったのか記憶にないが、フランス系の男が40歳で独身という事実に私はこだわった。「ひょっとして、あちら好みの男ではないか」と憶測し、実は身の危険も感じていたのだ。

 そこで、食事があらかた終わったところで、「あなたはずっと結婚せずに、今に至ったのか」と質問すると、予測を超える答えが返ってきた。

「いや、いままでに二度結婚した」

「というわけは、二度離婚した?」

「そうじゃないんだ」

「そうじゃないとしたら、一体どういうこと?」

「二度結婚したのだが、妻は二度とも、結婚してまもなく死んでしまった」

「悪かった。よけいなことを訊いてしまって」

「いや、いいんだ。それで、自分にはまた妻を娶(めと)る自信がなくなってしまって、結婚すると、また相手を死なしてしまうのではないかという恐れがあってね。ま、トラウマだな。それで、こうして一人で暮らしている。仕事が船だから、船に乗って長期出張していることが多いし、寂しいとは思ってないよ」

「ジムの趣味ってなんなの?」

「仕事を利用した趣味といっていいと思うが、世界中あちこち行くから、気に入った家具をよく買うな。ほら、このテーブルも外国産さ。それと、もう一つは、コインのコレクションだ」

「なるほど、各寄港地で、家具を見たり、コイン屋を覗いたりするわけだ」

「よかったら、見てくれないか。わたしのコインのコレクションをさ」

 そう言って、私を次の部屋に連れていき、木製のロッカー仕立ての扉を開けると、上から下まで棚があり、それぞれの棚にコインをコレクションするための厚さ5センチほどのバインダーがずらっと並んでいる。そのうちから、一冊を取り出し、中を開けながら、

「ほら、見てみろ、このバインダーに入ってるのは全部金貨だ。すごいだろ? アメリカのコイン業者から買うより、その通貨が実際に使われた現地のコイン店で買うほうが安く手に入るんだよ。とくに発展途上国はね」

 なるほどと思っていると、また別のバインダーを出し、

「これは日本のコイン」

 と言って見せたなかには、明治時代の一円銀貨、二円銀貨、二分銀、一朱銀まであって、ジムがこの趣味に相当のお金をかけていることを知った。

 「これ、君にやるから、記念に持っていてくれ」

 と、私にくれたシルバーコインはアメリカのもので、インディアンの酋長の絵が刻印されたもの、珍しいものではない。ジムは意外にケチなのだ。アメリカの都会なら、どこのコイン店でも見られる安物である。

 あいつが死んだら、あのコインのコレクションは一体どこに行っちまうんだろうなどと、よけいなことを考えつつ帰途についた。

コイン


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