アメリカ体験記11 「タコマに留学した青年」

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タコマ
 (写真はタコマ・コミュニティ・カリッジの学生)

「アメリカ体験記」 その11 「タコマへ留学した青年」

 1970年前後の話。アメリカからシボレー(GM)のインセンティブ(報奨旅行)が3,000人規模で、チャーター便をバック・トゥ・バック方式で使うというツアーがあり、約3か月にわるオペレーションを行った。ジャンボジェットがまだなかった時代である。

 その折り、一人の学生、K君をアルバイトで雇い、私の右腕を担当した男性の下につけた。

 オペレーションがすべて終了したとき、K君に今後の希望を尋ねると、「アメリカに留学したい」と言う。そこで、私を含め、そのオペレーションにかかわった仲間内で金を集め、資金的なバックアップをした。

 その後、K君が現在メジャーリーグのイチロウがいるシアトルの南にあるタコマという古き炭鉱の町で、タコマ・コミュニティ・カリッジにいることを突き止めた私はシアトルでのセールスがあったとき、タコマまで彼を訪ねて行った。案の定、寂しかったのであろう、私の突然の訪問をいたく喜び、夜食を共にした。さぞや困っているだろうとは思ったが、当方も一介のサラリーマン、せめてもの志だといって、100ドルを謹呈した。

 不思議なことは、それ以後、K君が帰国したニュースが伝わってこず、といって、アメリカに長期滞在しているとのニュースもないままに日々が過ぎ、今日に至っている。

 私としては、あれだけ仲間から援助され激励されてタコマくんだりまで出かけて行ったのだから、帰国したのなら、それなりの報せと同時に感謝の言葉があって当然だと思っているが、なしのツブテのまま、その間、当時私の右腕となってくれた男性は癌で死去してしまった。

 本ブログの「グローバル家族」(2006年12月)に書き込みをしたが、その女性もK君を応援した一人で、同じオペレーションを手伝ってくれた一人である。


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