アメリカ体験記21 「ニュージャージー訪問」

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ターンパイク
(写真はニュージャージー・ターンパイク高速道路)

 「アメリカ体験記」 その21 「ニュージャージーに住まう知己と娘さん」

 ニューヨークに3か月滞在したとき、Fさんという先輩がいた。支店の勤務者のほとんどがマンハッタンかブリッジを一つ越えたクィーンズに住居を賃貸していたが、Fさん家族だけはニュージャージーに住まいをもち、彼は列車通勤をしていた。

 一度、招かれて、ニュージャージーのお宅を訪問したが、緑に囲まれた、閑静な住宅街であることに驚いた。ニュージャージー州はサイズとしては日本の岩手県ほどで、にも拘わらず人口は800万人と、密度としては全米一という州。ほとんどの住民がニューヨークかフィラデルフィアに通勤しているのは、地理的に両大都市に挟まれているからだ。当然ながら、ごみごみしたエリアというイメージで出かけたが、私の先入観はFさん宅を伺うことで完全に覆(くつがえ)された。(先般ブログで紹介したフランス系アメリカ人の家のある地域とは少し異なる環境だった)。

 
森

 Fさんの自宅の周辺には上の写真にあるような緑が多く、Fさんの奥さんなどは活発な方で、バット、ミット、ボールを出してきて、打ったり走ったりという、郊外に住む生活を愉しむ姿に、列車通勤しているFさんの心境を垣間見た気持ちがした。

 この体験記は、実は、緑の郊外を紹介することではなく、当時、4、5歳だったFさんの娘さんのことを書く目的で、「その21」としてピックアップした。

 一晩お世話になったのだが、娘のA子ちゃんが「おじちゃん、わたしのお部屋においでよ」という。ついて行くと、彼女のベッドがあり、小さな洋服ダンスがある。見ていると、A子ちゃんはやおらタンスの引き出しを開け、なかの衣類をどんどんカーペットの上に並べだした。よく見ると、どれもが可愛い幼児用のパンティで、私の顔を仰ぎながら、「おじちゃん、おじちゃんは、どれが好き?」と訊いた。正直、女の子をもたぬ私はドギマギしながら「みーんな可愛くて、好きだよ」と答えたが、そういう答えには満足しなかったらしく、表情を一瞬変えて、パンティをすべて引き出しに戻してしまった。

 このときから30年以上が過ぎた今でも、その光景が脳裡に鮮やかに残っている。

 Fさんは5年後にいったん帰国したが、縁あって、ニューヨーク支店には二度出向している。二度をあわせると、おそらく10年前後のアメリカ生活だったはずで、娘のA子ちゃんは完全なネイティブ・イングリッシュをしゃべれるようになり、二度の出向から帰国する年齢時には大学受験が待っていて、A子ちゃんは東大法学部に一発合格、そのうえ在学中に司法試験にも通過、卒業後は「国際司法」の道に進んだ。

 現在でさえ、ネイティブイングリッシュをしゃべれる司法関係者は僅かな数である。当時はもっと貴重な存在だったと推測できる。ちなみに、父親が会社の専務取締役でいたとき、「娘の年収にはてんでおよばないよ」と慨嘆したことで、彼女が司法の世界で引っ張りだこであることとあわせ、年収が破格の額に達していたことを想像した。そして、可愛いパンティをたくさん並べて見せたときのA子ちゃんの顔が脳裡に浮かんだ。

 アメリカ体験のなかでも、格別に忘れがたい思い出となっている。


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