アメリカ体験記「プエルトリカンの美人」

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アメリカ地図

 はじめてニューヨークに滞在、旅行業務に励んでいたころ、同僚のI君のクイーンズにあったアパートに1日につき5ドル、朝飯つきで同室させてもらった。

 友人とは休日毎にマンハッタンに出、ポルノを見たり、映画館を覗いたり、大人の玩具屋をひやかしたり、ときには買う金もないのに、ティファニーをのぞいたり、五番街をウィンドーショッピングして歩きまわった。この街で地下鉄に乗る場合の、乗って安全な区域と、保証できない区域も教えられた。

 7月、タイムズスクウェアを歩いたいたときのことだ。前方から二人の若く可愛い女性が躍るような仕草をしつつ、手にバラの花をもっている。われわれ二人は鼻の下を長くして、女性らとの距離を縮めていった。と、一人の女性が私のYシャツのポケットにバラを入れてくれ、もう一人の女性が友人のポケットにもバラの花を入れた。

 いい気分になって、しばらく歩いたとたん、「おい、やられたよ」と友人が叫ぶように言う。「どうした?」との問いに、「ポケットに入れといた5ドル紙幣を掏られちまった」と悔しがった。私はお金をYシャツに入れる習慣をもたなかったので、ダメージは一切なかったが、擦れ違った折の肌の色、容貌、容姿から察して、彼女らは明らかにプエルトリカンであった。

 8月、さすがにクーラーのないI君の部屋は暑く、ホテルに移った。その後、エアーカーゴを担当していたY君とタクシーに乗り、ちょうどシグナルにかかったとき、またしても可愛いカモシカのような脚をした女性が二人、タクシーのグラスを叩き、一緒に乗せろという表示をする。「やばい目に遭うのも一興だ」との思いで、運転手に依頼、二人の女を後部座席にすわるY君とのあいだに入れたとたん、女たちは一人は私に、もう一人はY君に抱きつき、頬を寄せ、唇を寄せつつ、いつのまにか手が内懐に入ってくる。

 「おい、やっぱりこいつらピックポケッツ(スリ)だ。懐に気をつけろ。追い出せ」と、私が言い、タクシーを止めさせて、二人の女を追い出した。二人とも、やはりというか、プエルトリカンだった。

 以後、I君は帰国後、若くして癌で死去したが、サラリーマン時代、最も親しい同僚の一人だった。

 Y君とは、この年の二年後に一度会ったきり、音信不通となり、独自に観光にかかわる業務をアメリカで展開しているとは聞いていたが、4年前、ラスヴェガスの友人宅を訪れ、さて帰国する段になって、空港に行くと、そのY君にばったり出遭った。33年ぶりである。奇遇というしかないが、空港という場所ではしばしばこういうことが起こる。

 「さすが、国際舞台で仕事をしていただけのことはあるね」とは、その折り同行した息子の言葉。

 悪い経験ではなかったと思っている。


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