アメリカ体験記3 「ラスヴェガスのカジノ」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ジャックスポット

(ジャックポット/日本)
ラスヴェガス
(ラスヴェガス街/花火)


カジノ

(ルーレット)


「アメリカ体験記」 その3

「カジノ/ラスベガス」

 上の写真は「ジャックポット」だが、アメリカのカジノにあるものとは若干異なる。下の写真はただのルーレットだが、どんなギャンブルの本を読んでも、最悪なのがジャックポットであり、「これには手を出すな」と書かれている。 一般的には、ブラックジャックをディーラー相手にやり、愉しむのが普通で、やり方によっては損害も少ない。

 カジノでは、ジャックポットの上段には自動車が置かれ、ラスベガスに存在する、ほとんどすべてのカジノ店がこれに参加しているので、現在どのくらいの金額が当たりを取った人間に与えられるかが判る仕組みで、大金が動くとすれば、庶民にとってこれに代わるゲームはない。上段に記された金額はのべつまくなしに、一方的に増額へと変化している。

 現在は、すべてがコンピュータ制御されているから、どうころんでも、カジノ側が負ける気遣いはないが、コンピューターも、客が全くつかなければ、装置を置いておくだけ損害を増やすことになり、当然ながら、時々は、リミットがありはするが、大金を客が稼げるようにもしてある。

 初めてラスベガスを訪れたのは意外に遅く、1964年、当時はコンピューター制御はなく、ほとんどのゲームがディーラーによってハンドルされていた。人件費をかけていた時代である。私はもっと古い時代からアメリカを訪れていたが、ビジネス目的がアメリカ人エイジェントとの話し合いが多く、アメリカ人観光客を日本に誘致する仕事だったから、ラスベガスなどのようなリゾートや観光スポットへ寄る必要も金もなかった。

 私は三年前に、ラスベガスに居住する友人宅に泊めてもらい、2週続けて、カジノに通った。そして、私が選んだ機器は、プロが最悪という「ジャックポット」だった。百ドル紙幣を突っ込み、2ドルずつの賭け金で、ボタンを押し続ける。ときに、同じ模様のものが揃ったりして、コインがじゃらじゃらと音を立てるものの、結局のところ、目前の画面のさらに上段に直径30センチほどの円形のものがあり、そこに針金状のものが円形板のどこかを示す仕組みになっていて、これをまわすチャンスに恵まれなければ、ほとんどあっという間に持金は消えてしまう。まわすチャンスは、画面に「スピン」が出たときに限り、そのときに1000ドルでも出れば、相当の時間、遊んでいられる。

 その日の私には、ビギナーズラックというべきか、Luck(つき)があった。 スピンが頻繁に出たばかりか、ほとんどが25ドルしか指さない針が1,000ドル2回、700ドルを1回、500ドルを2回、といった具合で、笑いが止まらなくなった。

 友人とともに彼の自宅に帰ると、奥さんが「おめでとう」といいつつ、私を抱きしめ、頬にキスをしてくれた。「お金より、キスのほうがよっぽどいい」などと不遜なことを考えたが、儲けた金は有効に使うべきだと思い、翌日は彼の家族(娘が一人いる)を同行、彼らが好きだというレストランに行って、一緒に食事を愉しんだ。料金はむろん私が支払った。

 このときは、とりあえず、勝って日本に帰国できはしたが、次にラスベガスに行ったのが二年前で、都合3週間お世話になった。

 

 そして、「夢よふたたび」と祈りつつ、再び同じカジノ店の、同じジャックポットの、同じ席に腰をすえ、百ドル紙幣を放り込んでボタンを押し続けたが、一向にスピンが出ない。百ドルはあっさり消えてしまい、私はまた百ドル紙幣を突っ込み、ボタンを押し、ひたすらスピンの出るのを待ったが、たまにスピンが出ても、500ドルはおろか、200ドルも出ず、25ドルばかり、ポケットにあった3千ドルはあっという間に2千ドルに減り、落胆を胸に、その夜はおとなしく帰って寝た。

 「とにかく我慢して、じっと同じことを繰り返す。するうちに、つきが回ってきて、1000ドルが入ってくる」。一晩かかって考え、翌日の夜も同じカジノ店に足を運んだが、また一千ドルをすって帰宅、すっかり意気消沈し、しばらくはカジノに行くのを控えたものの、根っからギャンブルが好きで、だからこそラスベガスに来ている。しかも、寝泊りは友人の家だから、宿泊に金はかからない。たった三千ドルをすったからといって命まで取られるわけのものでもないし、帰りのエアティケットは持っている。

 「よーし」と、みずからに気合をかけ、彼の車に乗っていつものカジノ店に行った。彼がカジノ嫌いだったら、行ってはいなかったと思うが、彼もギャンブルが好きで、私の来訪を待っていたのだ。奥さんにも「彼が来ているし、彼が行きたいっていうしね」と言い訳できるというわけだ。

 最後に残っていた1千ドルを使いきるまで、ものの20分もかからなかった。1回につき、たった2ドルとはいえ、ボタンで押すだけという簡単な仕組み、一度のボタンを押すのに1、2秒しかかからない。

 以来、ラスベガスにはもう一度行ったが、ジャックポットの前に立ったことはない。というだけはなく、以後、勝って帰国したことさえない。

 かつて、故人となった寺山修司が「賭博には、人生では決して味わえぬ敗北感がある」と延べたが、それは「敗北」にも、ときに「痛快な敗北」もあるが、「不愉快な敗北」もあるという意味だと思っている。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ