アメリカ体験記10 「無免許で高速道路を運転」

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高速道路
 (写真はサンノゼ周辺の高速道路)

 1972,3年頃だった。

 アメリカJALのセールスマンに同行、運転してもらって、サンフランシスコからサンノゼまで出かけ、市内のエイジェントに同伴セールスを行った。

 彼が乗っていた車は日本車の「B2-10」(サニー)だった。

 帰途、彼が急に、「高速道路をあんた運転してみないか」と言う。

 「とはいっても、私はライセンスもってませんよ」

 「日本のライセンスも?」

 「えぇ」

 「かまやしないさ。車の運転はバカでもできる。でなきゃ、アメリカで生活できんだろ?やってみろや」

 そういう声に励まされて、運転席にすわり、ハンドルを両手でしっかり持って、ニュートラルに入っていたギアをドライブに入れ、半クラッチ状態からうまく動きだした。

 「いいかい、高速を運転するときは、かなり前方を見てたほうがいい。あまり近くを見ると、ハンドルをいじりすぎるからな」

 アドバイスが良かったのか、私の度胸が気狂いじみていたのか、サンノゼからサンフランシスコまで、無免許のまま堂々と運転してしまった。高速道路だから可能だったのだと思う。

 「アメリカでは、ほとんど、オートマティックなのに、なんでマニュアルなんですか?」と尋ねると、

 「マニュアルのほうがガスを食わんからね」と返事されたが、当時、日本の車はほとんどがマニュアルで、オートマチックは身障者用の車というイメージがあった。

 それから数十年が経ち、私がバリ島で仕事をするようになった頃では、日本人はほとんどオートに乗り、マニュアルに乗る人は稀になっていた。そして、「オートは身障者用の車でしょ」という言葉をインドネシア人から耳にしたとき、時代の変化を痛感した。年寄りや女性の運転手が増え、オートの安全性が評価されるようになった過程が手にとるように理解できたのである。

 インドネシアでは、今でも、バイクに乗る人が多いのは四つ輪の車の販売価格がバカ高いからだが、彼ら彼女らが普通自動車のドライバーになる頃には、(いつそういう時代が来るかは別にして)、オートマチック車が道路に溢れるようになっているだろう。

 現在、日本で運転をしていて、老人や女性の運転手をしばしば目にし、アメリカに追いついたような気がしながらも、アクセルとブレーキの踏み違いなどというレベルの低い事故が増えている事実にも納得がいった。


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