アメリカ体験記「生卵のぶっかけメシ」

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デンバー

 北米大陸をセールスで駆け回っていた時のこと、アメリカのステーキにも食べ飽きた頃、コロラド州のデンバーに到着した。デンバーのJAL支店長とは前々から親しく、家族ぐるみの交際をしていた関係もあり、支店長はホテルをキャンセルして彼の家に泊まるよう誘ってくれた。デンバーは一名「A Mile High City」(1マイルシティ)と呼ばれ、海抜の高い土地であり、スキーシーズンともなれば多くのスキーヤーがやって来る土地としても名がある。むろん、アルコールを飲むと、まわるのが早い。

 「何が食べたいか」というのがご夫婦の初めの質問だった。「デンバー市内には和食を供するレストランもある」との親切な言葉に対し、私は「泊めていただけるのなら、お宅で、ごはんに生卵をぶっかけて食べたい」と答えると、ご夫妻ともに驚嘆の面持ち。むろん、アメリカ人でこういう食事を好む人間がいないことは熟知していたが、私はガキの頃から現在に至るまで一貫して生卵のぶっかけが大好き。

 「ほんとに、それだけでいいんですか?」と奥さんが目を白黒させて訊くのに、「いいんです。外のレストランに行く必要はありません」と答え、わがままを通させてもらった。

 温かいご飯を茶碗によそい、そのまましばらく放っておくと、「なぜ、温かいうちに卵を割らないの?」と怪訝な顔。「生卵のぶっかけメシを最も美味に食べるには、メシはすこし冷たいほうがいいんです。なぜかって? メシが冷たいと、卵のヌルヌルがありのままに舌を愉しませてくれるからです」との返事にも、お二人は首を振り、両手を左右に挙げただけだった。

 当時、アメリカのスーパーで売られている生卵には賞味期限が記されていないから、下手をすると下痢するという認識がアメリカ在住の日本人のなかにあることは知っていたが、私は歯牙にもかけず、どんぶりに二個の生卵を割って醤油を入れ、適当にかきまぜてから冷たくなった飯をかけ、お二人が呆気にとられて見守るなか、むさぼるように食べた。久しぶりの生卵は私の舌と胃袋を思惑以上に充足させてくれた。

 尤も、生卵は割ってみれば、黄身の部分のありようで大体の鮮度は判断できる。

 アメリカ人の卵料理は一般的には朝飯に供され、フライドエッグかボイルドエッグかオムレツの三つがメイン料理だから、いずれも火を通すことで一致しており、多少古い卵でも下痢などは起こさない。 


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