アメリカ体験記28 「高速道路での事故」

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ハイウェイ

 「アメリカ体験記」 その28 「高速道路での事故」

 アメリカの高速道路は車線が多く、広い。スーパーに行っても、車を尻から入れるやつなんかはいない。よっぽどのことがない限り、駐車違反で減点されたり、罰金をとられることもない。そういうアメリカの高速道路の実態視察に、私が所在した業界は地方自治体、政界を含め、なんど視察旅行を組み、同行し、説明したか知れない。

 にも拘わらず、初めて造った羽田ー都心間を結ぶ高速があの通リ、世界最大の自動車産業を誇る国としては、日本の二大都市を結ぶ東名高速が途中からニ車線になるなど、将来のモータりゼーションのありようを頭の良い官僚が読めなかったはずはなく、その折りから「第二東名」を考えていたとした思えない。そこで、とりあえず、承知の上で、「恥に恥をウワ塗った感の高速道路」が完成した。

 

 ここに紹介する話は、実は、上記とは関係のないことで、私の友人がレンタカーした車にアメリカ人女性を乗せ、ロスアンジェルスからサンフランシスコに向かう途中で大事故を起こし、救急車で病院に運ばれたときのこと。両者ともに肋骨と足の骨を折る重症だった。アメリカでは車検に関しては日本に比べかなりいい加減で、同じ高速道路を走っているとき、隣の車を見たら、タイヤがぐらぐらしているのに気づき、運転していた友人に「あの車から離れろ」と咄嗟に注意したことがあるが、案の定、その車はタイヤの異常に気づいたか、車を端に寄せて、事故を未然に防いだ。また、アメリカ人の死亡率で最も高いのが「心筋梗塞」いわゆる「ハートアタック」というやつで、ハイウェイでの事故の原因にもなっている。

 当時、アメリカのドライバーを見て驚いたのは、女性ドライバーと老人ドライバーが多かったことで、そのことがオートマティックの自動車を生産するきっかけになったということを、現今の日本人ドライバーを見て、感ずる。日本もいよいよアメリカ並みになってきたという印象である。また、バリ島に在住していたときの車はほとんどがマニュアルで、「オートマは身障者用でしょ?」と言われたことが忘れられない。アメリカ人がオートマに乗っていたとき、日本車のほとんどはまだマニュアルだった。

 問題の男女の話に戻るが、若い二人が正常な体だったときは、一つの部屋に二人きりになるなり、抱き合い、愛し合い、肌を接して、互いの凹凸を合わせることに夢中になるところだが、そのとき救急車で運ばれた病院で、女性は「この日本人は英語がしゃべれないから、自分がそばにいないと通訳できません。私と同じ部屋にしてくれと頼んだ。とはいえ、さすがに、重症の身、いつものようにじゃれあうことはできず、二人は初めて相当の期間、話をするだけで過ごした。

 長期にわたる会話を通し、互いの性格、考え方、癖などをより深く認識しあうことができ、結婚を決意、現在ではラスヴェガスに一戸建ての家を買い、一人娘と一緒に住んでいる。

 私は2000年にバリから帰国して以来、すでに4回ほどラスヴェガスを訪れ、その都度、彼の家に宿泊してお金を節約、その分をすべてカジノに奉仕している。


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