ボランティア活動 「6人の外国人が我が家へ」

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 私は国際貢献をするつもりで、外国人留学生を、金銭は関係なく、助ける、支援するという活動に参加している。

 ある日、6人の外国人留学生(国籍はアメリカが多く、他の2人もアメリカの大学に籍を置く身だった)が日本人の家を訪れる体験をさせたいのだがという要望に応じ、「私が賃貸する小さなところでよければ」と返事をしたのだが、大いに喜ばれ、「お菓子を持参するので、お茶だけ用意して欲しい」との条件を快諾した。学校側の担当者に尋ねてみると、本来なら、留学生を一戸建てをもち、家族構成もそこそこの家庭に迎えてもらいたかったのだが、6人もの留学生を一度に迎えるという状況に尻込みしたか、候補先からは悉く断わられたという。そして、このうえは受けてもらえるなら、訪問先がどのような家族構成であろうが、賃貸であろうが、全体が狭かろうが、かまわないというレベルにまで落ちてしまったらしく、私の出番がめぐってきたといった印象だった。

 あらかじめ、6人に同行してくる大学教師一人と、県が管理する国際交流センターの担当者一人を加え、8人という多数に対応するため、茶碗だけ新たに購入して、当日を迎えた。

 男性4人、女性2人、2人の同伴者は学校から派遣された教師で、2人とも女性だったが、10畳相当のリビングルームに日本家庭としては大型の食卓を据えておすわりいただいたものの、同伴者の2人にはソファに座ってもらった。これだけの人数を一度に迎えるのは初めてのことで、どうなることかと思ったが、いつも孤独な生活をしている私としては段々に嬉しくなってき、過去の自分のアメリカ体験をところどころ英語を交え(留学生は日本語の勉強に来日しているのだから、英語はしゃべってはいけない規則)、1970年前後の、彼らがまだこの世に誕生するまえのアメリカの話をしたのが受けたらしく、みなからその話が楽しかったとのお礼の葉書が後日届いた。

 アメリカ人は概して、自分が生まれ育った州から一歩も出たことがないという人が多く、意外に、外国のことはもちろん、アメリカ国内のことも知らない。

 私のようにセールスとはいえ、東はモントリオール、オタワ、ボストン、ニューポート、ニューヨーク、フィラデルフィア、ニュージャージー、タンパ、マイアミ、中部はトロント、ナイアガラ、ピッツバーグ、ワシントンDC、デトロイト、シカゴ、クリーブランド、アトランタ、セントルイス、キャンサスシティ、ダラス、ヒューストン、ミネアポリス、ミルウォーキー、デンバー、アルバカーキ、ソルトレークシティ、フェニックス、ラスヴェガス、グランドキャニオン、西はヴァンクーヴァー、ポートランド、タコマ、シアトル、サンフランシスコ、サンノゼ、モンタレー、ロスアンゼルス、サンディエイゴ、ハワイと歩き回った経験者はまずいない。しかも、一度ではなく、北米大陸をテリトリー(担当エリア)としていたこともあって、何度も足を運んだから、それぞれに深い思い出も、思い入れもある。(都会の名には見落としもあるかも知れないが)。

 ある意味、アメリカ人にアメリカを教えてやるというのも楽しい経験だった。それぞれ「参った」という表情を見せていたが、こちらとしても「どうだ、参ったか」という気持ちではあった。

 以前、ミネソタから日本に留学していた男性がおそるおそる「私はミネソタという田舎から」と言い出したとき、「ミネアポリス(ミネソタ州)にもミルウォーキー(ミシガン州)にも行ったことがあるよ」と反応したときの嬉しそうな顔も忘れがたい。彼の言にしたがえば、日本人でミネソタに行ったことがあるという人に会ったことがないということだった。とはいえ、彼自身も「ミネソタから外に出たのは今回の留学が機会になったわけで、初の体験でした」と語ってはいた。


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